【感想】夕木春央『方舟』【後半ネタバレ注意】

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小説

この本について

書誌情報

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タイトル方舟(講談社文庫)
著者夕木春央
出版社講談社
発売日2024年8月9日
ページ数416

あらすじ

友人と従兄と山奥の地下建築を訪れた柊一は、偶然出会った家族と地下建築「方舟」で夜を過ごすことになった。翌日の明け方、地震が発生し、扉が岩でふさがれ、水が流入しはじめた。
いずれ「方舟」は水没する。そんな矢先に殺人が起こった。だれか一人を犠牲にすれば脱出できる。タイムリミットまでおよそ1週間。
生贄には、その犯人がなるべきだ。――犯人以外の全員が、そう思った。

感想

見事に騙された衝撃と爽快感

文庫本の帯に『この衝撃は一生もの。』とあります。

ははあ、またそういう系ですか、と思ったものの、そう言っているのが有栖川有栖先生となれば話は別です。元々気になっていた作品ではあったのですが、この一言に押されてすぐ読むことにしました。

あらすじの通り、現代の話ながらも舞台設定は特殊です。明るい内に別荘や自宅へ帰り着けなくなった10人が地下建築「方舟」で一夜を過ごした結果、外には出られなくなり、方舟は水没を始め、殺人まで起きてしまうという急展開。

「だれか一人を犠牲にすれば脱出できる」というのは、方舟の仕掛けの話です。仕掛けを動かせば出入り口までの道が開けますが、仕掛けを動かした人は実質そこに閉じ込められてしまう状況にあるのです。

その生贄役には犯人がなるべきというのは、最も提案しやすい決め方でしょう。だからこそ犯人を見つけなければという発想に至るわけですね。

さて、感想を端的に述べます。とっても良かったです。何が良いって、「この衝撃」の部分。

またそういう系ですかと少々舐め腐ったところのあった私、見事に騙されました。あまりにも綺麗に騙されたので爽快感すらあります。1年に1回はこういう作品に出合っていきたいものです。

ミステリー部分は具体性のある話をするのが怖いので、この程度のことしか書けません。やられたー!という感覚を味わいたい方はぜひ。

【ネタバレあり】鮮やかな終盤の話

とにかくエピローグが鮮やかの一言です。

第5章の「選別」で、探偵役ポジションにい続けた翔太郎が推理を披露します。ウェスを取りに行った理由など、なるほどと思える部分はありつつも、正直こんなものかという思いがありました。殺人事件自体には、そこまで驚かされるような謎が隠されていたわけではありません。

登場人物もやや記号的というか、深く掘り下げられることはないです。そのため、犯人自体もなんとなくの消去法で目星がつく方は少なくないと思います。私は例のキスシーンでいよいよ、こいつ…!と感じました。女の勘。

そんな、ミステリー的に少し物足りないなという思いを全て綺麗に昇華してくれたのがエピローグなのです。

動機は憶測にすぎなく大ハズレで、細部にも絶妙に雑なところがあって真相と違っている。それでいて、犯人を絞り込むのには申し分がない演繹推理というのはアクロバチックのひと言に尽きる。

夕木春央『方舟』解説 p.399

有栖川先生の解説の通り、翔太郎の推理は筋が通っています。犯人も訂正することはないと言っています。翔太郎が、「動機はどうでもいい。分からなくても困ることはない。(p.92)」などと動機については考えない趣旨の発言をしていたのも効いていますよね。動機はどうあれ、犯人も犯行過程も明らかになり、仕掛けは犯人が動かしてくれることになった。なら終わりじゃないかと素直に思いました。そう思わされていただけだったとは…。

エピローグの種明かしを聞いて、最初から躓いていたことに気付いた時は愕然としました。そんな初期に最重要の仕込みが完了していたとは夢にも思いません。

裕哉が殺された時点で、仕込みに気付くチャンスはさやかの持つ写真にしかありません。とはいえ、仮にさやかのスマホが見られる状態だったとしても、気付ける確率は非常に低かったでしょう。さやかが内部の写真をよく撮影していたという描写も罠でしたね。犯人が見られたくないデータは、彼女が今ここで撮影した写真だと思い込んでしまいました。いずれにせよ、そのスマホすら確認できない状態にされたとなってはどうしようもないです。

例えば、犯人なのになぜ矢崎父のスマホロック解除のヒントを与えたのかという突っ込みもできなくはないですが、それで生贄役になりたがっている発想に繋げるのも厳しいですよね。いくらでも言い逃れできそうです。後になってみれば、この時点ではもう露見しても構わなかったのだろうとわかりますが。

すごい。

【ネタバレあり】拷問器具について

今更ですが、本作は最初から最後まで柊一視点で進みます。この地の文で、どうもフラグを立てるような発言がちらほら目に付きました。例えば、さやかが花に黒っぽい品物(テープ)を手渡しているシーン。「大したことはなさそうである。あまり深くは考えなかった。(p.149)」。いや大したことになるやつ!と思いますよね。実際に重要な話でした。

この手のフラグ立てる系文章で特に記憶に残っているのがこちら。

当然ながら、これまでに僕の人生に拷問器具が関係することはなかったし、どう転んだって、これからもそんなことは絶対にないはずである。

夕木春央『方舟』p.29

力強く否定されればされるほど、危険な香りがプンプンしてきます。

作中では結局拷問器具が使用されることはありませんでした。ただ、拷問器具は誰かの手によって水に浸からない場所に移動させられていました。301ページの時点で、地下1階に置いてあります。

この拷問器具を移動させたのは、犯人ではないかと思うのです。だとすれば、その意図は何か。もちろん自分が拷問されるためではないでしょう。自分が生贄役になるつもりだったのですから、それを決めるための拷問などは不要なこともわかっていたでしょう。

これに柊一の「絶対にないはずである」というフラグ立て発言を掛け合わせると、(掛け合わせなくても、)嫌な想像しかできません。エピローグの後、残った面々は落ち着いていられるはずがないと思います。パニックになった状況下で、すぐそばに拷問器具が置いてあったら…。

もし犯人がここまで考えて移動させていたのだとしたら怖すぎます。私の妄想に過ぎませんが。

【ネタバレあり】まとめ

生贄の話も色々考えさせられました。犯人が生贄になれば殺した数以上の人を救うことになり、それは悪い人と言えるのか?犯人に生贄を強制すれば、強制した側は殺人者と変わらないのではないか?家族のいる人より孤独な人が犠牲になるのは正しいのか?…麻衣が色々と疑問を提起していました。

世の中、みんなに人権があるっていったって、その中から誰か犠牲者を選ぶってなったら、一番愛されてない人が選ばれるんでしょ?

夕木春央『方舟』p.255

柊一は、もし周りが家族連れやカップルばかりだったら、自分でも納得して犠牲になったかもしれないと考えています。私も同感です。不平等だよなとは思いつつ、「まだ子供が小さいんです!」なんてことを言われたら断れない気がします。

あと、柊一が結局残らなかったシーン。自分が柊一ならどうするか考えました。
麻衣が独身であれば残ったかもしれません。ところが実際は、いくら夫婦仲が冷えているとはいえ、夫がすぐそこにいるわけです。麻衣と柊一の仲を疑っている夫です。その夫を差し置いて残るとは流石に言い出しにくいと思いました。なんというか、私は道徳的な振る舞いを大切にしようとしている感じがありますね。…ただもし独身であったとしても、残ると言い切れる自信はないです。

最後に真相を暴露するだけに留まらず、柊一が助かる可能性もあったことを伝えた麻衣の心情はどんなものだったのでしょうか。登場人物はやや記号的で掘り下げが少ないと先に書きましたが、だからこそ麻衣の底が見えなくて恐ろしいです。

すごい作品でした。矢崎家で残されてしまった犬の行く末が気になっています。

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