この本について
書誌情報
タイトル | イヌはなぜ愛してくれるのか |
著者 | クライブ・ウィン |
翻訳者 | 梅田智世 |
出版社 | 早川書房 |
発売日 | 2022年11月16日 |
ページ数 | 432 |
あらすじ
動物心理学の教授でイヌ研究の第一人者でもある著者が、イヌの愛情深い性質を中心に、イヌについて研究してきた内容を紹介する本。科学的に証明することが難しかったイヌの「愛」のメカニズムを、様々な実験結果などに基づいて解明していく。
章立ては下記の通り。
第一章 ゼフォス
第二章 イヌの特別なところとは?
第三章 イヌは人間を大切に思っている?
第四章 身体と心
第五章 起源
第六章 イヌの愛はどう育つ?
第七章 イヌをもっと幸せに
感想
愛の感情を科学的に証明する
この本の前に読んでいた『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ』の中に、こういう文章がありました。
現在のところ、「象は人間と同様の感情を持つのか」という問いは科学というよりも哲学に属する。(中略)今の段階では「象には人間と同じような感情は絶対にない」と言い切ることもできないのだ。言えるのは、象に限らず、集団で生きる動物の多くが、どうやら従来信じられていたよりもずっと深く豊かな認知能力と感情を持っているらしい、ということだ。
アシュリー・ウォード『ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ』p.404
人間と同じような感情を持っているかのように見えることがあっても、それを科学的に証明するのは難しい…というより、無理だろうと私は思っていました。
なので、この本で愛のメカニズムを解明すると言われても、「イヌ」と「愛」という限定的な範囲とはいえ、ふんわりした結論に着地することになるのではないかという懐疑心を持っていました。
以上がいわゆる丁寧なフリです。ここまで書けば、この後何を言うかは察せることと思います。
著者自身が、初めは動物が感情を持つという考え自体に否定的な立場でした。だからこそ様々な実験などを積み重ねて徹底的に調査し、その結果、今となっては「イヌは人間を愛している」と断言しても良いとさえ書いています。
私自身はこの本を読んでいて、ジェスチャーを理解できるかの実験、仲間を助ける実験など、個別の話については理解できたのですが、それらがイヌの愛情に繋がっているという体系的な理解にまでは正直至りませんでした。その実験結果が愛を証明することになぜ繋がるのかという点がよくわからなかったのです。
理解力が不足していた私ですが、イヌの愛についてここまで科学的に考察が進められるのだなあと感服しました。時間を置いて読み返した時には理解できるようになっていたいと思います。
イヌの社交性は遺伝子によるものだった!?
特に面白かったのは、第四章の遺伝子研究の部分です。
例えば幸せホルモンとも言われる「オキシトシン」について。オキシトシンに刺激される脳内の受容体をコードする遺伝子について分析した結果、イヌによって異なることが判明したそうです。具体的には3種類あり、その違いが人間に対する情動反応の強さにも影響を与えているのだとか。
それから、人間においては「ウィリアムズ・ボイレン症候群(ウィリアムズ症候群)」の原因となる遺伝子がイヌに存在しているともありました。研究の結果、この遺伝子がイヌとオオカミの社交性の差を生んでいることなども判明しています。
こうして簡単にまとめただけでは、なんのことやら?という感じだと思います。
著者はここまで、愛の理解には遺伝的特性よりも経験の方が重要だと考えていました。納得しやすい考え方だと思っていましたが、そうだとすると、イヌと同じように育てられた動物はイヌのようになるはずです。例えば、人間が近寄ろうとした時に、熱狂的に歓迎する反応を見せるような。
ところが、イヌと同じ条件で育てられているオオカミ科学センターのオオカミは、イヌほどの歓迎ぶりを見せません。そんな著者の経験が語られていました。確かに、イヌと同じように育てた動物が全てイヌのようになるとはとても思えません。イヌと一緒に育てられているネコはSNSでもよく見ますが、イヌと同じレベルでテンションの高いネコは見たことがありません。
そこで登場するのが、この遺伝子の特徴の話なのです。近頃イヌの本を重点的に読んでいた私ですが、遺伝子の話は他では見たことがなかったので、余計に興味深かったところです。
本の中では研究の内容が丁寧に説明されているので、ぜひ実際に読んでみてください。
まとめ
本の構成としては、第一章から第四章までのところで、実験や研究の内容を検討しながら論を進め、イヌは愛情を持っているという結論に達します。第五章以降はイヌの起源やクローン犬の登場、シェルター犬の問題など、本筋からは少し離れた話について語られています。
文章からは、著者がイヌを愛していて、イヌを幸せにしたいという思いがよく伝わってきます。
そして、科学からは「愛犬を幸せにするための具体的な教訓も得られる(p.317)」と述べられています。
実際に、シェルター犬の譲渡率を高めるために態度を改善させる実験を行ったり、シェルター犬の犬種表示をなくすと譲渡率はどうなるか確認したりといったことが、科学の知見に基づいて行われています。これらについては、イヌの幸せを考える上で希望の持てる結果が出ていました。
イヌが人間を愛していても、人間はその愛に報いていないのではないかと思われる問題は、残念ながら山積しています。今後もイヌの行動などが科学的に解明されていき、その知見によって幸せになれるイヌが増えると良いなと思います。(イヌをビジネスの道具としてしか見ていない人に悪用されないことを祈りつつ…。)
科学は、人間とイヌとの親しい関係を説明することも、それをよりよいものにすることもできる。もっと触れあう、放っておく時間を短くする。イヌが求めている、温かい感情をともなう強い結びつきのなかで生きる機会を与える。そんな簡単な対応をとるだけで、わたしたちは愛犬をもっと幸せにすることができるのだ。
クライブ・ウィン『イヌはなぜ愛してくれるのか』p.21
イヌを幸せにするための一歩はまず知ることから!ということで、それをこの本から始めてみませんか?