この本について
書誌情報
タイトル | 物語の役割 |
著者 | 小川洋子 |
出版社 | 筑摩書房 |
発売日 | 2007年2月5日 |
ページ数 | 126 |
あらすじ
作家の小川洋子さんが、講演会などで語った物語に関する話を文章にしてまとめた本。第一部では、小説『博士の愛した数式』が生まれた経緯、小説家の仕事、印象に残っている本の話などを通じて、物語の役割を考える。第二部は京都造形芸術大学で語られた内容で、小説を中心とした創作活動の話がメインとなる。第三部では、著者の子供時代の読書体験から物語との関わり方を見ていく。
章立ては下記の通り。
第一部 物語の役割
第二部 物語が生まれる現場
第三部 物語と私
感想
本を手にしたきっかけ
私が小説で一番重要視していない要素はストーリーなんです。
小川洋子さんインタビュー – BOOK SHORTS
いきなりですが、私はエンタメ小説が好きです。ミステリー小説や歴史小説などが含まれます。魅力的な登場人物が活躍して、ワクワクするストーリーが展開される、そんな感じのものです。
恐らくこれは、小川さんの描き出す物語とは対極的な位置にあると思われます。そのためか、申し訳ないことに小川さんの小説は数作しか読んでいません。
ではなぜ今回この本を手に取ったかと言うと、自分が普段あまり読まないような作風の著者だからこそ、どういう考えを持っているのかが気になったのです。あと、実は小川さんの紡ぎ出す言葉、作り出す雰囲気は好きです。なんとも静謐な世界観と、それを支える言葉の輝き。最高です。というわけで、小説以外の作品は手に取りやすかったのでした。
誰もが作り出せるのに表現しきれない”悲しみ”
物語は日常や人生の中にいくらでもあるもので、それを言葉で意識的に表現しているのが作家ではないかと語られています。
たとえば、非常に受け入れがたい困難な現実にぶつかったとき、人間はほとんど無意識のうちに自分の心の形に合うようにその現実をいろいろ変形させ、どうにかしてその現実を受け入れようとする。もうそこで一つの物語を作っているわけです。
小川洋子『物語の役割』p.22
こう言われると、現実を乗り越えようとする前向きな姿勢での物語作りを想像します。実際にその例も挙げられていたのですが、同時に「自分で作り上げた物語を悲しむ(p.30)」ことにも触れられていました。
そこで、日航ジャンボ機墜落事故で9歳の子供を亡くした母親の話が出てきます。子供を一人旅で送り出した母親に責められるいわれはないはずなのに、それを本人もわかっているはずなのに、罪悪感は消えないのです。
自分が子供を殺した、というフィクションの中に、苦しみの源を持ってくる。そういう苦しみ方をしなければ受け止めることのできない悲しみが、この世にはあるのでしょう。
小川洋子『物語の役割』p.35
罪悪感を抱えることも物語作りの一つという発想はなかったです。そうであるなら、確かに日常や人生の中に物語は常に存在していそうです。
この苦しみや悲しみを材料に罪の物語を作り上げる気持ちはよくわかります。まず頭に浮かぶのは、亡くなった愛犬のこと。介護などの後悔は永遠に引きずりそうな予感がしています。私も既にその出来事を物語にしてしまっているのでしょう。物語にすると、贖罪の意識を忘れにくくなります。そうすることでようやく、自分をある程度許せるのかもしれません。
悲しみを小説で表現することについては、こんな話がありました。
ほんとうに悲しいときは言葉にできないぐらい悲しいといいます。ですから、小説の中で「悲しい」と書いてしまうと、ほんとうの悲しみは描ききれない。(中略)それはほんとうに悲しくないことなのです。
小川洋子『物語の役割』p.65
本当に悲しい時の心の動きは表現しきれるものではないにせよ、それに挑戦し続けているのが小説だと。
小川さんの小説内の描写は非常に細かくて、そこから読み取れる機微のようなものは多いと思います。(そういうものを汲み取るのが苦手なのも、私が作品をあまり読んでいない理由かもしれません。)登場人物の心の動きも、読者に想像の余地を残せるそんな形で示しているということでしょうか。
この本で、どういう意識を持って小説を書かれているかの一端を知れた気がするので、また作品を読んでみたくなりました。
まとめ
改めて、やはり小川さんの言葉はすっと頭や心に入ってきて心地良いなと思いました。
最初に書いた通り、私が普段好きで読んでいる小説とは物語を作り上げる方法がまるで違う気がするのですが、それはそれこれはこれで、両方の小説が楽しめるような人間になりたいものです。
また、折に触れて様々なジャンルの本が紹介されているのも良かったです。これを読んで『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』を読みたくなった人は多いのではないでしょうか。私もそうです。
最終的に私が出版を決断した理由はただ一つ、本書を手に取って下さった方が、改めて物語の魅力を確認し、物語の役割に目覚め、「ああ、本を読むことは何と素晴らしいことであろうか」と思ってくれたら、との願いがあったからなのです。
小川洋子『物語の役割』p.8
物語の役割に目覚め…られた感覚は残念ながらありませんが、物語の魅力の再確認はできたと思っています。普段あまり物語を読まない人にも勧めてみたい本でした。