この本について
書誌情報
タイトル | ミトンとふびん(幻冬舎文庫) |
著者 | 吉本ばなな |
出版社 | 幻冬舎 |
発売日 | 2024年2月8日 |
ページ数 | 264 |
あらすじ
互いに事情を抱え、母親達の同意を得られぬまま結婚した外山くんとゆき世。新婚旅行先のヘルシンキで、レストランのクロークの男性と見知らぬ老夫婦の言葉が、若いふたりを優しく包み込む(「ミトンとふびん」)。金沢、台北、ローマ、八丈島。いつもと違う街角で、悲しみが小さな幸せに変わるまでを描く極上の6編。第58回谷崎潤一郎賞受賞作。
6編のタイトルは下記の通り。
夢の中
SINSIN AND THE MOUSE
ミトンとふびん
カロンテ
珊瑚のリング
情け嶋
感想
本を手にしたきっかけ
私にとっては珍しく、装丁買いしました。橙色の空の情景がすごく好きで…。広告で見かけて一目惚れです。仁木順平さんという方が担当されたそうです。単行本より文庫本の方が橙色の面積が広くて好み。読み終えた後は、表紙を見せるようにして飾っておきたいと思います。
ただ、吉本ばななさんの作品を読むのは、十数年前?に『キッチン』を読んで以来だったので、少しドキドキでした。
死別による悲しみの過程を辿る
離婚や死別などの喪失の悲しみを抱えながらも、主に旅先で、自分らしい小さな幸せを見つけていく物語たちです。最後には希望があるとわかっている状態での読書は精神衛生上良いなと、個人的には思うところです。
印象に残ったのは、『SINSIN AND THE MOUSE』。
介護していた母が亡くなり、その悲しみがまだ癒えたとは言えない主人公のちづみ。友人のライブに参加すべく台北を訪れた時に新たな出会いがあり…という物語です。
母の死という大きな悲しみが徐々に薄らいでいくような、そんな過程を辿る主人公の思考に対する共感度が高かったというのが、印象に残った理由でしょう。私の場合は、直近でお別れしたのは愛犬なので、勝手に愛犬になぞらえて考えていましたが。
母は長患いしていたので、彼女を失うことに関して気持ちを整える時間は充分にあったはずだった。
吉本ばなな『ミトンとふびん(幻冬舎文庫)』p.22
それでもずっと続いていたはりつめた気持ちでの看病が(入院しているときはお見舞いが)急に失くなったことでぽっかりと穴があいたようになり、(中略)ただ暗い気持ちの中で毎日が過ぎていくだけだった。
介護などを経てからの別れとなると、覚悟する時間を貰えることになるのかもしれませんが、実際には覚悟できていたつもりでも中々上手くいかないものですし、手をかけていた時間が丸々空くことになるので、余計に喪失感が大きいんですよね。
今、私の時間は私のものだ、いつか赤ちゃんを育てる日までは、全部私だけのもの。そんなふうに思っても少しも嬉しくはなかった。
吉本ばなな『ミトンとふびん(幻冬舎文庫)』p.32
愛犬を亡くした糸井重里さんも、『かならず先に好きになるどうぶつ。』で言っていました。「あんまりうれしくもない自由を得た」と。
何にも縛られず自由に行動できるはずなのに、辛い気持ちすら感じることもあった不自由な日々の方が愛しいのだから、ままならないものです。
主人公は一方で、この悲しみがそのまま長く続かないとわかっているところも、共感度の高いポイントでした。悲しみを癒やす特効薬はやはり時間に限るのかなと思います。
悲しみを理解した上で紳士的に寄り添えるシンシンに、私ならすぐになびいてしまいそうです。
旅先で温かな幸せを感じる表題作
表題作の『ミトンとふびん』は、あらすじで紹介されている通りの内容です。
抱えている事情は伏せておきますが、私が主人公のゆき世の立場なら、彼女と同様に気にしないだろうなと思いました。が、母親や近しい立場だったらどうするかと言われれば、反対まではいかないまでも、「いいの?」という確認くらいはしてしまいそうです。
愛情があればこその反対だということは二人にもわかっていたはずですが、それでも優しい言葉をかけられて嬉しかったと感じるゆき世を見て、しみじみ良かったなあと思いました。ヘルシンキという極寒の舞台が、温かさをより引き立ててくれていたようでした。
まとめ
先に書いた通り、この作品は喪失の悲しみを抱えながらも小さな幸せを見つける短編集で、うち4編に死別の要素が含まれています。最後には明るく終わるわけですが、途中には悲しい描写を見つけてしまうこともあります。
なので、そうした悲しさに引きずられやすい方、あるいは今そういう心理状態にある方は、注意することをおすすめします。かくいう私が、少し引っ張られてしまいました。とはいえ、喪失の悲しみを癒やしてくれる作品でもあると思うので、元気のある時にでも読んでみてはいかがでしょうか。
あとがきでは以下のように述べられていました。
少しでも旅に出たくなったり、人生の虚しさが薄らいでくださったら、本望です。
吉本ばなな『ミトンとふびん(幻冬舎文庫)』p.258
そういえば、私はどちらかと言うと周囲の環境ではなくストーリーの方に集中して読んでいたのですが、それは各地の描写が必要十分かつさりげない形だったお陰で、自然にそういう読み方ができていたのかなと思いました。
今振り返ると、美味しそうな食べ物も色々と登場していました。台北のプリン入りミルクティは食べてみたい!と思って検索したところ、2021年にローソンでそういう物が販売されていたと…。再販してほしいです。