【感想】小川哲『君が手にするはずだった黄金について』

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小説

この本について

書誌情報

タイトル君が手にするはずだった黄金について
著者小川哲
出版社新潮社
発売日2023年10月18日
ページ数256

あらすじ

認められたくて、必死だったあいつを、お前は笑えるの? 青山の占い師、80億円を動かすトレーダー、ロレックス・デイトナを巻く漫画家……。著者自身を彷彿とさせる「僕」が、怪しげな人物たちと遭遇する連作短篇集。彼らはどこまで嘘をついているのか? いま注目を集める直木賞作家が、成功と承認を渇望する人々の虚実を描く話題作!

感想

本を手にした時の話

いつか読みたいと思っていたら、2024年本屋大賞のノミネート作として選ばれたと聞き、「乗るしかない、このビッグウェーブに」ということで手に取りました。

ところで、Amazonの商品ページなどで紹介漫画が掲載されています。私はうっかり読んでしまったのですが、ここには6つの短編の内の一つである表題作の内容が詰まっています。要するに、ネタバレ全開です。確かに興味を持つきっかけになるとは思うのですが、注意書き的なものが欲しかったところです…。実際に小説を読んでも面白かったのですが、展開を知っている分インパクトに欠けてしまったと言いますか…。初見の感動を体験したい場合は要注意です。

思考を辿るのが楽しいエッセイ風小説

紹介文では、「怪しげな人物たちと遭遇する」、「成功と承認を渇望する人々」、「承認欲求のなれの果て」などといった文言が並んでいます。私はネタバレ全開の紹介漫画を読んでいたので余計に、そういう話を集めた短編集なのだろうと思っていました。

実際に読んでみた印象としては、怪しげな人物たちにはほぼ遭遇しません。成功と承認を渇望している人、承認欲求のなれの果てと言える人が登場するのは2作程度かなと思います。

現代人の醜いところを次々にあぶり出していく内容だろうと想像していたのですが、そんなドロドロとした展開はなく、むしろ個人的には、日常エッセイを読んだかのような読後感がありました。
それは作者が自分自身を主人公に据えていることも影響しているかもしれません。『受賞エッセイ』という、これは本当にエッセイなのだろうと思える話が最後に載っているからかもしれません。

プロローグで小説を書き始め、小説家になった主人公が山本周五郎賞を受賞するまでの出来事を、蓄積してきた著者の考えも添えつつ、小説らしく仕立てているという感じです。

私が面白いと思ったのは、主人公の考え方です。その考えの切り口は、私にはないものだなと思います。わかりやすいのは『三月十日』の話。震災当日のことは覚えていても、その前日のことは覚えていないということに気付き、失われた記憶を求めて情報をたぐり寄せていく展開です。3月10日に自分が何をしていたのか、ここで言われなければ永遠に気にしなかったでしょう。ちなみに私は、こういう記憶の話は好きです。

あとは、例えば野球のボール・ストライク・アウト。なぜ品詞の異なる言葉が同じジャンルの用語として並べられているのか、日常生活を送るのに困難を来すレベルで気になったという201ページ辺りの話。私も初めて知った時はなぜ?と思いましたが、そういうものなのかとすぐに流していました。

このように気になることがあると前に進めなくなる自分は、才能が「欠如」していると受け止めてきた主人公ですが、私は逆にそういうことに引っかかりを感じられるのは少し羨ましいです。隣の芝は青いというやつです。

そんな考え方を持つ主人公が、哲学的な思考も絡めながら、自分や人を見つめていく作品です。つらつらと綴られていく思考過程を追いかけるのが好きな人なら、お気に入りになる本だと思います。

作品サイトではプロローグが公開されていたので、気になる人はチェックしてみることをおすすめします。
小川哲『君が手にするはずだった黄金について』特設サイト

まとめ

好書好日のインタビュー記事で、著者はこの本のことを「「お土産」がない小説」と表現しています。
先に日常エッセイのような読後感があったと書きましたが、お土産がないこともそう感じた理由の一つかもしれません。

確かに全体を通して、明確な目標に対するゴールが定められているわけでも、事件を解決して爽快感が得られるわけでもありません。ただ、だからこそ本の内容が身近に感じられました。特に承認欲求については、SNSをはじめとするネットの影響で、普段から考えさせられることの多い話です。私も自分の承認欲求がそこまで強いとは思っていませんが、承認欲求を満たすために行動し始める可能性がこの先ないとは言い切れません。
この本はそんな教訓めいたことを言いたいわけではないと思いますが、定期的に自分を顧みて(省みて?)いこうと感じるところです。

そういう意味で、お土産ではないにしろ、心に残るものはある作品だったと思います。それに、主人公の思考に触れている内に、視野が少し広がったような感覚を持てました。

最後に、占い師の話になった途端に「家族でも殺されたのか?」と言われるほど批判的な言葉を並べ立てるシーンも面白くて好きでした。

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