この本について
書誌情報
| タイトル | 自由研究には向かない殺人 |
| 著者 | ホリー・ジャクソン |
| 翻訳者 | 服部京子 |
| 出版社 | 東京創元社 |
| 発売日 | 2021年8月24日 |
| ページ数 | 581 |
あらすじ
イギリスの小さな町に住むピップは、大学受験の勉強と並行して“自由研究で得られる資格(EPQ)”に取り組んでいた。題材は5年前の少女失踪事件。交際相手の少年が遺体で発見され、警察は彼が少女を殺害して自殺したと発表した。少年と親交があったピップは彼の無実を証明するため、自由研究を隠れ蓑に真相を探る。調査と推理で次々に判明する新事実、二転三転する展開、そして驚きの結末。ひたむきな主人公の姿が胸を打つ、イギリスで大ベストセラーとなった謎解き青春ミステリ!
感想
完成度の高い長編青春ミステリー
話題作なのは知っていたのでいつか読みたいなとぼんやり思っている内に三部作が完結し前日譚まで発表されていて、これは流石にぼんやりし過ぎたと少々慌てて手に取った次第です。
本を閉じた後、まずは読み切ったという満足感を覚えました。500ページ超えの長編にも関わらずペースを落とさずに読み進められたのは、やはり作品の面白さからでしょう。ミッションを順にこなしながら突発的に発生するイベントに対処する形が続くので、テンポは良いとも言えますし、そのテンポの良さも延々と一定だと逆に少しだれてくるわけですが、そこは各種イベントの緊張感ある展開で引っ張ってもらった感じです。
主人公のピップも好きです。行動力のある女の子なので多方面に遠慮なく突撃していくのだろうと思いきや、家を訪ねる時には緊張したり、嘘をつく時には内心でとても苦労したりと、共感しやすいメンタルを持っているのが良かったです。とはいえ突撃しないわけでもないですし、電話でも対面でも許せないことがあれば食ってかかるところもあるのですが。
ところで解説の段になってようやくこれがヤングアダルト小説だと知りました。ピップやラヴィのキャラクター、物語の展開など、言われてみれば確かにそういう雰囲気かもしれないと感じますが、そのくらいです。ヤングアダルトを理由に読まないのはもったいないと思います。
それから肝心のミステリー小説としてどうかについてです。個人的に重視している要素である種明かしのスッキリ感はそこまでありませんでした。作中で出されるヒントは恐らくわかりやすいです。なので、その辺りを繋げるとそういう真相に至るのね、なるほどね、という感じなのですが…読者がそこまで繋げるのは無理だと思いました。ただ、この作品は繋げさせようとしていない気はするので、私の期待の方が的外れな説もあるのですが。煽りには「謎解きミステリ!」とあったとしても。
ミステリー小説の定義がわからなくなってきた私ですが、これをミステリー小説と呼ぶことにもちろん異議はありませんし、完成度の高い作品で面白かったと思います。

【ネタバレあり】謎解きについての振り返り
先に、提示された要素を読者が真相まで繋げるのは無理ではないかと書いたところについてです。まず20日にアンディがエリオットの元を訪ねた話からして、こちらに推測する術があったとは思えません。(見落としていたらごめんなさい。)確かに大切な絵に関する言及は一度ありましたが。そしてアンディが訪ねた件がわからないのに、その先を推理できるはずもなく。
ただしピップ自身もそこまで推理できているわけではありません。脅迫、サル殺害、アンディ監禁までです。エリオットと対峙して新たに得た情報から更にもう一波乱という流れですね。先の繋げさせようとしていないというのはこういう意味で、読者に謎解きをしてほしいというよりは、ピップと歩調を合わせて展開を見守ってほしかったのかもしれません。
私がやられたと思ったのはここです。
リトル・キルトンにはまだいくつかの謎が残されている。答えが見つかっていない疑問や隠された秘密も。この町にはそこここに暗い一角がある。けれどもピップはあらゆることに光をあてるのは無理だと悟り、受け入れた。
ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』p.567
明らかに何かあるスタンリーをはじめとした一部キャラクターの動きには光が当てられないままとなりました。全て明らかになるはずという勝手な思い込みで私の脳内は混乱していて、それがまた真相を見えづらくさせていました。謎解きを謳った作品で最後にそう言われるのはまさかでしたね。
怪しいキャラクターといえば、流石にダニエルは何かあると思っていました。そもそも女子高生が5年後につつき回しただけで不審な点がボロボロと出てきた事件を、しかも失踪した少女が見つかっていない事件を、なぜ警察が通り一遍とも言える捜査で終わらせたのかが疑問でした。そこは内部にいたダニエルが何かしらの誘導をしていたことにすれば警察の株もあまり下がらずに済むかと思っていたら、こちらもまさかの何もなし。
もう一つ、ピップが携帯の写真を消させられたりパソコンを物理的に破壊させられたりしていましたが、相手はこれで一安心と思っていたのでしょうか?案の定ピップはアプリやクラウドにデータを別で保存していました。原著の発表は2019年で、その頃にはクラウドサービスなどは一般化していたと記憶しています。だからこそパソコンの破壊を命じた脅迫者はそういうものに疎い人間かもしれないと疑っていたのですが、全く関係ありませんでしたね。ただそこについて引っ掛かりはしたものの、なら脅迫者はどうするべきだったかと言われると…何か方法がありますかね。正直人間を消す以外の方法が思いつきません。
【ネタバレあり】予想外の展開に涙する
読んでいる途中、ボロボロ泣いた部分がありました。そう、バーニーが誘拐されて結局家に帰ってこられなかった一連のシーンです。まさか犬が死ぬなんて、しかも殺されるなんて(後々直接的に殺されたわけではないと判明しますが)全く予想しておらず、その衝撃に耐えられませんでした。ただでさえ動物が辛い目に遭うのは見たくないというのに、よりによって犬!バーニーがいかに家族に愛されて平和に暮らしていたのかがしっかり描写された上で!犬好きとしては涙に暮れずにはいられません。
ピップが最後に見たバーニーは「首をかしげ、笑っている目でピップを見あげ」て、「子犬のころと変わらずに木々のあいだをくねっていった(p.435)」んですよ、これだけでまだ泣けますよ私は。「十年間、愛しつづけ、お返しに充分すぎるほどの愛をくれたバーニーのために。(p.448)」という一文も好きです。好きなだけに悲しいです。なぜ愛し愛されたバーニーがあんな可哀想な最期を迎えなくてはならなかったのか…。
バーニーがいなくなってしまった理由を語れず、一人罪悪感を抱えながら落ち込むピップを見ているのも辛かったです。その流れでピップはラヴィを突き放すわけですが、彼は一晩でピップの本心を見抜いてすぐ会いに来てくれたのでほっとできました。私がラヴィに惚れるとしたらここです。関係ない話ですが、ラヴィの部長刑事呼びも刺さりました。
ところで映画作品では犬が無事かどうかを確認できるサイトがありますよね。バーニーの死に沈んだ気分になりながら、小説にもそういうサイトがあれば助かるのかなと考えていました。ただ、この本で事前にそこを確認していたら私は読むのを断念していた可能性が高く、そうなるともったいなかっただろうとも思うわけです。その上これはミステリー小説なので、物語を楽しみ尽くしたいなら犬が無事かどうかというネタバレも避けるべきでしょう。なので、やはり何も知らずに読めて良かったのだとは思いますが…いかんせんここ十数年レベルでそんな展開は目にしないように努めてきたので、人並み以上にショックを受けてしまいました。全ての犬よハッピーであれ…。
【ネタバレあり】まとめ
それにしてもエリオットにはドン引きしました。人の親であり教職に就きながら、導くべき教え子に惑わされ流されて過ちを犯した挙句、その罪を別の教え子に着せた上で殺し、全く関係のない人を被害者と思い込み何年も監禁し続け、真相に近付きつつある教え子兼娘の友人には脅迫まで行っていたと。役満です。
こうなると今までシン家に向けられていた冷たい視線が今度はワード家に向かうのではないかと考えてしまいます。犯罪の内容が酷過ぎることに加えて、シン家を攻撃していた人からすると、自分が無実の家庭を責めてしまったのはエリオットの所為という思考に至りかねないですし。
「リトル・キルトンを舞台にしたこの物語にはもうひとりの登場人物がいます。それはわたしたち自身です。わたしたちは一団となってひとつの美しい人生をモンスターの話に変えてしまいました。家族の家を幽霊屋敷に変えてしまった。いまこの瞬間から、わたしたちは心を入れかえなければなりません」
ホリー・ジャクソン『自由研究には向かない殺人』p.571
ピップの締めの台詞は至言ですが、これがどれだけの人に届くのか…。まあ爽やかな青春小説として、多くの人に届くはずだと信じて本を閉じるのが良いのでしょうね。
