この本について
書誌情報
| タイトル | 本と偶然 |
| 著者 | キム・チョヨプ |
| 翻訳者 | カン・バンファ |
| 出版社 | かんき出版 |
| 発売日 | 2025年10月22日 |
| ページ数 | 280 |
あらすじ
世界が注目する作家キム・チョヨプ初のエッセイ、待望の邦訳!
「書きたい」わたしを見つける読書の旅
「わたしをとびきり奇妙で輝かしい世界へといざなってくれた。そんな偶然の瞬間を、及ばずながらここに記していこうと思う。」本が連れていってくれた偶然の瞬間、
「作家キム・チョヨプ」になるまで
「なぜ物語を書くのか。その根底にある思いを探るとき、わたしは街灯に沿って家路をたどっていた十七歳の夜を思い出す。」
キム・チョヨプ初のエッセイ『本と偶然』は、読書の道のりを振り返りながら、そこに「書きたい」自分を見つける探検の記録だ。
SFというジャンルについて説明を求められ答えを探すために本を読み、専門外のノンフィクションを書くために本を読む。そして小説を書くために本を読む。
「物語と恋に落ちるときのあの気分、それを再現したいという願いが、わたしの『書きたい』という気持ちのまんなかにある。」
読むことがどんなふうに書くことにつながるのか、出会った本が書き手としての著者をどんなふうに変えたのか、「読む人の読書から、書く人の読書へ」と変化するなかで「偶然本に出会う喜び」をありのままに綴ったエッセイ集。冷たくも美しい世界の上に
キム・チョヨプが描くユートピア
「ひとりの人間の心を、内面世界を揺さぶり、消すことのできない痕跡を残して去っていく物語」。「わたしもいつかああいうものをつくりたい」という純粋な気持ちが、今日、「作家キム・チョヨプ」という世界の原点となった。
日韓大ベストセラー『わたしたちが光の速さで進めないなら』、『地球の果ての温室で』、『この世界からは出ていくけれど』、『派遣者たち』、『惑星語書店』、『サイボーグになる』まで、リアルな創作秘話も垣間見られる貴重な一冊。
感想
本を手にしたきっかけ
元々、この著者の『わたしたちが光の速さで進めないなら』を読みたい本リストに入れていました。ただ、SFはほぼ読まない上に韓国語翻訳なので楽しめるかどうか…と二の足を踏んでいたところで、こちらのエッセイを発見。エッセイからなら入っていきやすいのではないかと考えて手に取りました。
韓国語翻訳の作品と言うと、私は10冊に達するかどうか程度にしか読んでいないはずですが、どうにも言い回しが難しいというか抽象的過ぎるというか、理解しにくい文章が多いイメージを持っていました。エッセイであってもそうです。なので、実は少々苦手意識がありました。ところがこの本の文章はそんなイメージをすっかり覆すほどわかりやすくて、韓国の作品がこんなにすらすら読めるなんて!と嬉しい気持ちで最後のページまでいけました。具体的な内容が多かったからでしょうか。いずれにせよ翻訳者さんありがとう、と思って名前を確認すると、韓国の方でびっくり。上記の『わたしたちが光の速さで進めないなら』も担当されているようなので、ますます本を読むハードルを下げることができました。今度読みます。
エッセイの内容は、小説家になるまで、小説家になったきっかけ、その後の執筆仕事、そこで役立った本の紹介や本への向き合い方など、「本」「作家」というテーマを中心に幅広く展開されていきます。作家志望の方にとって参考になる話が多く、様々なヒントが得られるのはもちろん、一介の読書好きとしても共感できるポイントが多くて楽しかったです。SF好きなら更に入り込めると思います。自著の振り返りも多かったので、著者の作品を読んだらまたここに戻ってきたいです。
この本は、わたしの読書の道のりを振り返りながら、そこに「書きたい」自分を見つける探検の記録だ。読むことがどんなふうに書くことにつながるのか、わたしが出会った本が書き手としてのわたしをどんなふうに変えたかについて述べたいと思う。
キム・チョヨプ『本と偶然』p.9
本の立ち位置も教えてくれる書評の存在感
興味深かったのは、第2章の中の「書評、批評、そしてレビュー」という部分。著者は書評を読むのが大好きで、本の良さが正確な言葉で言い表されているのを見つけると胸がすくし、その記憶をいつでも引き出せるように精製できるし、何より書評は本を脈絡化できるという真価を持つのではないかと述べています。
良質な書評は本の内容を改めて考えさせるだけでなく、その本の立ち位置を教えてくれる。
キム・チョヨプ『本と偶然』p.192
そう言われて考えると、私も書評を読むのは好きなはずなのです。なのですが、今の時代、書評はどこで読むものでしょうか?特に「良質な」と言われるような書評は。まず思い浮かぶのは新聞ですが、残念ながら新聞を開く機会がほぼありません。そういう人は多いはずなので、なら主戦場はウェブに移っているのだろうかと考えるものの、ウェブのどこを見れば良いのかがいまいちわかりません。『好書好日』辺りをチェックすれば幅広くカバーできそうですかね…?
本の脈絡化という話については、「SFは脈絡を知っていて読むのと知らずに読むのとでは、読書経験に大きな差が出るジャンルの一つ(p.194)」とありました。これはミステリーもそうかもしれないなと。昔はミステリーを読む順番なども決まったものだったけれども今はそうではない、というかそういった文脈は意識されないなんてことが、確か『有栖川有栖の密室大図鑑』に書かれていた気がします(未確認)。
新聞も読まれなければ文芸誌も休刊が相次いでいる時代に書評が隆盛を極めるはずもなく、となると書評の存在感は薄れ、数も減っていることが考えられ、それも要因の一つとなって1冊の本がジャンルのどういった脈絡の中にあるのかを意識する読者がいなくなってきているのかなと考えていました。まあ脈絡なんて気にせずに飛び込める方がライト層としてはありがたくもあるのですが。それでも上記の密室大図鑑を読んだ時、私も脈絡を知りたいと思ったものの何をどう辿っていけば良いのかわからずに断念したような記憶があるので、立ち位置を教えてくれる書評には消えてほしくありませんし、というかもっと身近にあってほしいと思いました。
何やら話が逸れました。この本を読んでいると、著者の読書ぶりに感化されてもっと読書しよう!という気持ちが盛り上がるのですが、この部分を読んでからは書評もチェックしよう!となりました。そうしたモチベーションアップのために読むのも良いかもしれません。
まとめ
作法書が好きだ。自分は絶対に小説を書けないと思っていた十代のときでさえ好きだった。(中略)でも、当時のわたしがそういった作法書や小説家のエッセイを読んで得た結論は、「やはり小説家になる人は特別だ」ということ。読めば読むほど、小説家は自分とは異なる種族なのだと感じた。
キム・チョヨプ『本と偶然』p.120
著者は「小説家に対する幻想ばかりが膨らんでいた」ところから、今となってはその小説家として活躍しているわけで。…これを書くと何を読んできたのかと言われそうですが、私からするとこの本を読んでも同じように感じました。例えば馴染みのない分野の文章を書く時には、まずは難しくてもとにかく本を読み漁るといったことが書かれていて、そんなことは到底できないなあと舌を巻くばかりでした。異なる種族とまでは言わないにしろ、幻想は膨らむ一方です。
そんな著者が、おもしろい世界が見つかるかもしれないからと、様々な本との出会いを受け入れるようになったことも書かれていました。私は、時間は限られているからこそ好きなことにだけ使いたいと考えているので、狭い世界を楽しめていれば満足ではあるのですが。それでもたまに見知らぬ世界に踏み出したい欲求が生まれることもあるので、著者の言う偶然の出会いを遮断したくはないし、「偶然の出会いを可能にする通路」となっている本屋にはこれからもそうあり続けてほしいと強く思います。
ひょっとしたら自分の知らないおもしろい世界が見つかるかもしれないと、ほんの少しだけ心を開いておくこと。それは作家として生きていきたいわたしにとって、なにより必要な姿勢だった。好きな世界をどんどん意識的に広げていかない限り、小説もまた、偏った小さな世界に閉じこめられてしまうだろうから。
キム・チョヨプ『本と偶然』p.223
いつも以上に(?)自分語りの多い感想文になってしまいました。面白いエッセイが読めたと感じられたのは、こうして合間合間に自分自身を振り返ることができたからかもしれませんね。そのくらい、親しみの持てる文章と内容でした。おすすめ。
