この本について
書誌情報
| タイトル | 卒業生には向かない真実 |
| 著者 | ホリー・ジャクソン |
| 翻訳者 | 服部京子 |
| 出版社 | 東京創元社 |
| 発売日 | 2023年7月18日 |
| ページ数 | 688 |
あらすじ
わたしはこの真実から、決して目を背けない。
『自由研究には向かない殺人』から始まったミステリ史上最も衝撃的な3部作完結編!大学入学直前のピップに、不審な出来事がいくつも起きていた。無言電話に匿名のメール。首を切られたハトが敷地内で見つかり、私道にはチョークで首のない棒人間を書かれた。調べた結果、6年前の連続殺人事件との類似点に気づく。犯人は服役中だが無実を訴えていた。ピップのストーカーの行為が、この連続殺人の被害者に起きたことと似ているのはなぜなのか。ミステリ史上最も衝撃的な『自由研究には向かない殺人』三部作の完結編!
感想
前作『自由研究には向かない殺人』『優等生は探偵に向かない』のネタバレを含みます!
ネタバレなしに語るのが難しい第三部
『自由研究には向かない殺人』から始まったシリーズ三部作の最終巻です。ミステリー小説の記事では、基本的には先にネタバレなしの感想も入れるのですが、本作はネタバレありきで語りたいところばかりで、かつ何を言ってもネタバレに繋がってしまうそうな怖さもあるので、ネタバレなし感想は割愛します。
あらすじの「ミステリ史上最も衝撃的な『自由研究には向かない殺人』三部作の完結編!」は、「最も」かどうかはさておき、「衝撃的な」という部分に異論はありません。とにかく2作目まで読んだ方は時間を空けずに本作に取りかかるべきということだけ伝えておきます。ネタバレは一切見ないように!

【ネタバレあり】「衝撃的な」の意味を思い知る
とりあえず一言。絶句しました。まさかの展開過ぎました。もちろん第一部のラストシーンのことです。絶句した後に天を仰ぎ、そういえばマックスを妄想の中で始末したシーンもあったのだから実はこれもそうなのかもしれないと第二部を読み進め、早々に絶望しました。現実だった…。
そもそも犯人視点の物語は終始ヒリついた展開が続いた挙句に破滅するのがお決まりなので、嫌いではないにせよ得意ではありません。それが本作で始まるとは夢にも思っておらず、しかも今まで応援してきたあのピップが、というショックも重なって、第二部は読み進めるスピードがガタ落ちし、少なくとも第一部の4倍ほど時間がかかってしまいました。
率直に言えば好ましくない展開でしたが、結末が全く読めないドキドキ感は味わえました。YA小説で真犯人である主人公が裁きを受けないまま野放しになるなんてあり得ないだろうと思いつつ、またいくら自分の証拠を隠滅したとしても警察の目を欺くのは厳しいだろうと思いつつ、いやサルの件で大失態を晒しDTキラーの件でも間違えているこの世界の警察なら逃げ切りも可能なのだろうか、まさかそんなと頭の片隅でちらっと考えつつ。そして一番ないと思っていた逃げ切りエンドです。天を仰ぎました(2回目)。
こうなるともはや第一部の内容は吹き飛んでしまっています。とはいえ、DTキラーの正体に迫るアンディの未送信メールを読んだピップとラヴィがDTキラーを示す”彼”とはダニエルではないかと真っ先に疑ったところで、私はジェイソンしか思い浮かばなかったので、「え?そうなの?父親は?」と引っかかったことは覚えています。今振り返ると、ミスリードとしては少し強引だったように思いますね。
【ネタバレあり】ピップについて
本作に期待していたのは、真実が突き止められれば全て上手く解決すると信じていたのに裏切られ、チャーリーの銃声が頭から離れず不安定になってしまったピップが、それらを乗り越えて自分の中の正義や善悪の定義を見直して、明るく前を向いていくという展開でした。
なので最も残念だったのは、最終的にピップの考える正義や善悪とはどういうものになったのかが語られなかったことです。第二部はとにかくどう逃げ切るかということばかりで、銃声や血の感触の話すら遠くにいってしまいました。第一部であれだけ眠るのに苦労していた描写があったにも関わらず、事件の後は一体どうなってしまったのかも不明です。
ラストは何やらめでたしめでたしといった雰囲気すらありましたが、この後ピップは本当に平穏に暮らしていけるのでしょうか。マックスが有罪になったからといって自分の罪の意識が消えることもないでしょうし、事ここに至っては絶対に表に出せない秘密を抱え込むことになったわけで、ただでさえ不安定だったピップが持ちこたえられるのでしょうか。なんならマックスが出所する恐怖もあるでしょうし。明るい未来が待っているとは言えないと思います。
世の中がこういう世界なら――すべてが曖昧で、矛盾に満ち、グレイゾーンが広がってあらゆる道理を呑みこんでしまうなら――自分はどうやって物ごとを正せばいいのか。
ホリー・ジャクソン『卒業生には向かない真実』p.63
ピップは白黒のはっきりしている案件を求めていました。「そうすればみずからを修復でき、物ごとを正しく見られるようになる。白と黒だけの世界があると信じれば、魂も救われる。すべてをふつうに戻せる。自分はふつうに戻れる。(p.63)」と。正直ピップは何を言っているのかよくわかりませんでしたが、このグレイゾーンを許容しない姿勢がピップ自身を余計に追い詰めていた気がします。むしろ世の中は割り切れないことばかりでは…?
振り返ってみると、もう少し他人とそういった類の話をした方が良かったのだろうとも思います。賢いだけに、自分一人で全て解決できると信じて、とにかく頑なになっている感がひしひしと伝わってきていたので。2作目でチャーリーの言葉が響いてしまったのも、普段からあまり人の考え方について聞いていなかったのではないかと。私なら『鬼平犯科帳』を読むように勧めます。まさに白黒やグレイゾーンの話をしていたはずですよ。
【ネタバレあり】警察とその捜査について
警察は信用できないと判断してしまったために罪を犯したピップ。確かに1作目から警察の落ち度はいくつもあり、ピップが不信感を募らせるのも理解できないではないですが…。個人的な印象としては、ホーキンス警部は比較的よく話を聞いてくれていた方だと思います。ダニエルが2作目で敵対的態度を取っていたことを考えても、警部はいつもフラットな態度で接してくれていました。ただ組織の一員としてできることには当然限界があり、それもあって本作だとピップのストーカー被害の訴えは通りませんでした。
逆にその限界があったからこそ、ピップは最後に逃げ切れたとも思うのです。警部は間違いなくピップを疑っていたでしょう。それでも組織がマックス逮捕に踏み切った以上、組織の一員としてその判断に従わなければならなくなったと。その後にもピップの話を聞いてくれていた警部のことを私は嫌いにはなれません。
それにしても、「証拠が強力すぎる、これ見よがしすぎる」とホーキンスに思われたのではないかとピップが考えていましたが、私もまさに同じ意見でした。スニーカーの跡を残したり携帯の電源を入れっ放しにしているかと思えば、倉庫内のラックなどはやけに綺麗に拭き取られていて、いくら放火したといっても燃え尽きるほどではなかったでしょうから多少は痕跡も残るはずで、その辺りのちぐはぐさがおかしいとはならなかったのでしょうか…。そもそも掃除機や何やらでDNA鑑定されても問題ないほど綺麗にできますかね。マックスの車のキーをピップがご丁寧に拭ったシーンも「おいおい」となりましたが、鑑識が入るのが遅かったためにその痕跡もバレなかったというところでしょうか?自分のキーをわざわざ拭うはずないですよね。
聴取の際も、ピップが無関係な存在でいようとし過ぎていると思いました。DTキラーについて相談があったので少しだけ調べようとしていてジェイソン宅を訪れた、くらいのことは言っても良かっただろうというか、言っておいた方がリスクは少なくなったのではないかなと。実際、ヘッドホンの件で一時窮地に立たされることになりましたし。ベッカにパスワードを聞いたことも突っ込まれる可能性があり、そこからどんどんボロが出てしまったかもしれません。これで切り抜けられたのは相当運が良かったと言えるでしょう。
やはりピップに正義があったとしても、マックスがどれだけ邪悪な存在であったとしても、殺人罪を擦り付けて良いとは思えません。なので、警部がDNA鑑定してくれていればあるいは…と考えてしまうのです。
【ネタバレあり】まとめ
この物語のある部分はみずからの怒りが源になっている。わたし自身が被害を受けたのに信じてもらえなかったという個人的な怒りと、ときおり正しくないと感じられる司法制度に対する怒りの両方が。
ホリー・ジャクソン『卒業生には向かない真実』p.670
謝辞の中に上記の文章がありました。「わたしたちを失望させる刑事司法制度(p.670)」というのも。となると、そうした怒りを抱え込んだ存在としてのピップが、正しくない司法判断を下されたマックスへの殺人罪擦り付けに成功したことは、自分の正しさを自分の力で掴んだ!という結果になります…か…?私は正しければ何をやっても良いとは思えません。
私は様々な不条理がまかり通る現実から逃避するために小説を読んでいる節があります。なので、小説の世界はある程度綺麗事で成り立っていてほしいという希望があるわけです。本作はその嫌な現実が持ち込まれてしまっており、更に主人公を殺人者にすることでこちらの道徳観を試してくるような形に変わってしまったのがどうも…好みには合いませんでした。まあ逃げ切りエンドはある意味綺麗事と言えるかもしれませんが。
もう一つ、ピップに関して残念だと思ったのが、他の人のことをあまり気にしていなかったように感じられたところです。ビリーについてはピップからの言及がありました。「計画ではビリーは忘れ去られていた。自分が生きのびることがもっとも大切なことになっていた。(p.625)」と。もちろんあの状況で自分のことしか考えられなくなるのは自然ですが、友人たちのことも、色々考えていた割にはそこまで巻き込んでしまうのかと、考えと行動の差に驚きました。
その友人たちとはカーラ、ナオミ、コナー、ジェイミー、ナタリーですね。彼らは事情を知らないまま言われた通り行動しただけで、いざとなったら自分が全ての罪を被り、皆には一切の迷惑がかからないようにする、だから何も気にする必要はない、というのがピップの考えだと思います。ただ、何も気にしなくても良いと言われても、普通は気にするでしょうし、なんなら罪の意識を抱いてしまうでしょう。
そもそもナオミは前に同じようなことをしたためにメンタル不調となったのでは?それにカーラとナオミは自分と家族を守るために殺人罪を他人に擦り付けた父親を持つ身で、今度は全く同じことをした親友を守るために巻き込まれるというのが…。あの2人はピップが事情を打ち明けたとしても協力してくれたでしょうが、それにしても酷なことだったと思います。
あとマックスは殺人の有罪判決を受けた時点でもはや失うものはそうないわけで、それならひき逃げ事件の話も暴露される可能性が十分あり得ますよね。ナオミのためにひき逃げ事件のことをピップが伏せていたと、マックスは知っていたでしょうか?知っているなら確実に暴露しそうですが、その危険性を忘れてしまっていませんか?
今後のピップの未来は本当に明るいのかと先述しましたが、協力者もそうです。ピップが逃げ切った以上は、彼らも精神的に深刻なダメージを負っていなければ良いのですが。その辺りのことを、ピップはあまり深く考えていなさそうだったのが残念だったという話です。
三部作の完結編はなんとも言い難い読後感になってしまったものの、シリーズ全体を通してみると、やはり面白い作品だったと思います。もし後日談があったら…読みたいけど読みたくないな…。


