この本について
書誌情報
タイトル | 架空犯 |
著者 | 東野圭吾 |
出版社 | 幻冬舎 |
発売日 | 2024年11月1日 |
ページ数 | 460 |
あらすじ
都内の高級住宅地で起こった火災。
東野圭吾『架空犯』特設ページ
焼け跡からは都議会議員と元女優の夫婦の遺体が発見された。
当初無理心中と思われていたが一転、殺人事件に様変わりした。
警視庁捜査一課の五代は所轄の刑事、山尾と捜査を始めることになるが———。
華やかな人生を歩んできた二人に一体何があったのか。
感想
前作よりもミステリー要素が増していて好印象
これは五代努シリーズの2作目ですが、1作目とは独立しているので、この本を先に読んでも全く問題はありません。ちなみに1作目の感想はこちらです。
そんなことを書きつつ、私の感想はどうしても1作目と比較するものになりそうです。(ネタバレはしないのでご安心ください。)
結論から言うと、私は1作目より今作の方が好きです。前作は被害者や加害者の家族の視点なども入り込んでいましたが、今作は主人公の五代の視点のみで進行します。このことで前作よりもミステリー要素が増していて、私としては嬉しかったです。ストーリー自体も章が進むごとに新情報が出たり局面が変わったりして、飽きさせない展開が作られていると思いました。
あらすじは上記の通りで、ミステリー小説は大体そうだと思いますが、完全にまっさらな気持ちで楽しみたいならこの文章以外の情報は入れない方が良いです。
他に付け加えるとするなら、「闇バイト」や「出し子」といった言葉が普通に出てくる辺りは、まさに今この時代の話という感じがして良かったです。あとは桜川に筒井と、相談できる身内がいるのも安心感がありました。とあるシーンで五代が詰められた後、桜川が「おまえも疲れただろ」と労ってくれていた辺りで、この人についていこう!と私は思いましたね。なお、これは本筋になんの関係もありません。

【ネタバレあり】ミステリーとしてどう読んだのか
先にあらすじの文章以外読まない方が良いと書いたのは、やはり帯の文章がストレート過ぎないかと思ったからです。『誰にでも青春があった。被害者にも犯人にも、そして刑事にも——。』とあれば、山尾の不審さが表面化してきた辺りで彼の青春時代が鍵だと大方気付くのではないでしょうか。表紙のホテルも察する材料とするには十分です。読者が最初に目にする場所にあからさまなヒントを出しておくのはどうなのでしょう。そこがわかってもなお面白いはず、ということでしょうか。
ちなみに私は、山尾の年齢は出たのに藤堂江利子の年齢が出てこない(本庄も?)ことから、同級生説あるぞと考えていました。これは私の察しが良いのではなく、実は少し前に似たような設定の話を読んでいたからでした。
前作の感想でミステリー部分については不満を漏らしていたのですが、今作はその経験を踏まえて心の準備ができていたこともあり、ミステリー要素が増していたこともあり、比較的満足です。犯人は消去法でわかってしまい、最後の写真は読者には指摘の決め手とならないわけですが、そういうものなのだろうと。その一方で、藤堂康幸が自分で舞台を作り上げていたことには少し驚きました。首を絞められたことが死因となれば自分でやるのは無理だろうと無意識に判断してしまっていました。変な言い方ですが、これを見抜けない読書体験ができて良かったです。
そういえば先に五代視点の進行で良かったなどと書いたものの、五代視点のみだからこそミステリーとしてはスムーズにいき過ぎるのかもしれないとは思いました。彼は優秀で目の付け所も良い上に、周囲に評価されているという描写があった通り、人を見る目もあります。つまり、ミスリードによる混乱がありません。読みやすいと言えば読みやすいのですが。
【ネタバレあり】各キャラクターへの感想
登場人物で最もインパクトがあったのは江利子です。中盤までは香織、本庄、施設園長辺りからの情報しかなく、その中では好印象な江利子像しかイメージできないわけですが、終盤一気に引っくり返されました。彼女の心情が全くわからないのが怖いところです。
前作でも今作でも、「女は全員名女優」などと五代は考えています。江利子はまさにその女優なわけで。そうなると、今西美咲と親子として会っている時の彼女は演技をしていたのではないかと思えてきます。再会した時の涙すら疑ってしまいます。あの高校時代の感じから、そんなに人が変わるとは思えません。父親は永間だと、それらしい理由をペラペラと話していたところからして信用するのは難しいです。もちろん、美咲のことは憎からず思ってはいたのでしょうが。
ざっくり言えば、人の気持ちを理解できないタイプだったのではないかと感じました。実際に育てられた香織が母のことをどう思っていたのかが気になります。
山尾については、永間への対応は軽率ではあったものの理解できなくはありません。ただ、美咲を自分の子と判断しながらもそれを伏せたまま康幸に動向報告をしたり、真奈美を盗撮したりする辺りは、一方的で気持ち悪いなと思います。これを片思いという綺麗な言葉で片付けるのには抵抗があります。
周囲にいる江利子や山尾に比べると、康幸の人間性は相対的にマシに見えますが、教師という立場を忘れて江利子の誘惑に乗ったことが全ての始まりなのでアウトですね。そしてこの康幸と山尾の関係性もよくわかりませんでした。議員に対して刑事が下になるのはわかるのですが、美咲の動向報告や飛ばしスマホの依頼などを二つ返事で引き受ける山尾の態度が謎です。議員と刑事が繋がればこういうものなのでしょうか。持っているネタ的には山尾の方が強く出られる気がしますが。
自分で死ぬと決めた康幸の判断の早さはすごかったと思います。普通に通報して美咲が捕まってその出自が明らかになれば、康幸にとって彼女は自分の子でもあるはずなので、政治生命は絶たれることになるでしょう。自分が美咲を庇って犯人になるわけにはいきませんし、誰かを犯人に仕立て上げるのも無理です。なので、自分も死ぬことで警察の目を江利子から自分に向けさせ、過去の秘密は墓場まで持っていく代わりに地盤だけは守ろうとしたと。「すごいよな、政治家って。そんな状況でも選挙のことが気になるらしい」(p.448)という山尾の台詞には全く同感です。ここで美咲が山尾の子であると認識していれば、あるいは美咲のことをそもそも知らなければ、自分は知らなかったと主張して逃げられる道もあったはずなのが因果なものですね。
【ネタバレあり】まとめ
最後に、真奈美の画像を見つけていなければ山尾の計画は成功していただろうと五代が話していました。江利子が出産した病院にあたるなどしてもう少しどうにかならないものかと思ったのですが、時間的に厳しかったのでしょう。捜査をかく乱して時間を稼ぐことで逃げ切れる状態を作った山尾もすごかったですね。
ただ計画が成功していた場合、美咲のメンタルが耐えられなかったのではないかと思います。スマホの買い換えに行くことにも怯えてしまっていて、一度も話したことのない山尾も正直者だと評しているほどですし。そういう意味で、本人のためには捕まって良かったのだろうなと。真奈美にも良い変化があるかもしれないと思うのは流石に楽観が過ぎるでしょうが。
結局美咲のことを思う人はいても、彼女の気持ちに寄り添う人はいなかったわけで、片思いが良いというのにはやはり疑問符がつきます。
そうそう、その美咲を連行する時、彼女が「すでに青ざめているのを目にし、五代は絶望的な気持ちになった」(p.376)とありました。自分の推理が当たっていても喜んだり達成感を覚えたりしないのかと、彼への好感度が上がりました。
さて、今作のタイトル回収ポイントはこちら、筒井の台詞でした。興味をそそられる上に、作品にもピッタリのタイトルだったと思います。
「ふっと思うことがあるんだよ、俺たちは架空の犯人に振り回されているんじゃないかって」
東野圭吾『架空犯』p.291